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見守り論         安易な見守りは有害 だ


見守りとは実はすごく大変なことだが、この言葉を安易に使う人が多い。
見てればいいんでしょう?と軽く言う人がいる。何もわかっていない。
見守りとは、相手のことに深い関心があることを前提に、相手の自発性を阻害しないように全身全霊かけて全力で見ていなければならない。そして、本当にできないこと本当に厳しい時だけ支援することなのだ。安易に見守るなんて言葉を使う人はインチキだ。見守りとは、すごく時間と気持ちを使う極めて高度な行為である。

これができるようになるには、ものすごい意識的な鍛錬が必要だ。
遠くから眺めていればいいと考えていると、転倒したり、致命傷のけがを負う。
これはデイサービス職員でも、引きこもりの親でもそう。人生の致命傷を負い、意識を失いそうなのに、まだ見守る親がいる。
どうしようもない。この人たちは、子供が死にゆくのを見守る気だろう。面談をしていていつも思う。
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