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ゆとり教育再考


最近の教育はまた詰め込み回帰しているが、ゆとり教育とは本当にダメだったのだろうか?
この判断はなかなか難しい。
そもそも、ゆとり教育の目的は、記憶だけではなく、ゆとりを持って、自分で考える力をつけるのが趣旨だった。
しかし、現実は、ゆとりの間に遊んだり、何もしなかったので問題だったわけだ。
それは生徒のせいだろうか?そうではないだろう。
記憶だけではなく、自分で考える力や創造する力をつけていくのは、ほとんどの人が同意することだろう。
私はゆとりゆとりを言ったわりには、ゆとりを活かすことができる先生がほとんどいなかったことが問題だと思うのだ。
自分で考えたり、創造できる人が先生でないなら、ゆとりの意味も分からないし、どうしようもない。
ゆとりという意味も分からないので、なんとなく時間を使うしかない。
ゆとりとは、自分で考える力を育てることだったのに・・・・実に残念だ。
これからの時代は記憶は人工知能なんかが担える。
人間を一番人間たらしめるのは考えることだ。

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