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ひきこもらせ


私は、ひきこもりの支援をしている。
しかし、そんな支援をすればするほど、「ひきこもり」ではなく「ひきこもらせ」の側面が強いのでは思ってしまう。
日本には、ひきこもりがある意味、「快適」に過ごせる環境が存在する。
それは、
1、精神的経済的につつみこんでくれる親がいること(西欧のように突き放さない)
2、個室があること(これは、西欧のように自立するためにものではなく、閉じこもる繭になる)
この二つの条件があるゆえ、自室が快適になり、部屋から、家からでれなくなっていく。
ひきこもり本人のこの選択は、非合理的なものだろうか?
いや、極めて合理的だ。
こんな環境が準備されれば、この環境を選ぶのは当たり前だ。
いろんな世話を焼いてくれ、小遣いがあり、個室がある環境があれば、それを選択するのは当たり前なのだ。
ひきこもりとは、本人がひきこもったという側面もあるが、ひきこもらせたという側面もきちんと分析しないと解決しない。
環境を準備し、その環境を整備したために、どんどん生きる力がなくなり、社会に出る気持ちを失うことになっています。

無題

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